父親が料理人として名を馳せた店「柚木元」の向かいに「花れ」を出したとき、萩原貴幸氏は伝統を貫いていこうと決めたという。料理人がカウンター席の客の目の前で料理を作る、オープンキッチンが人気の割烹スタイルを取り入れることもできたが、それはしなかった。代わりに、自分が最も良いと感じていたやり方、つまり個室で客をもてなすことにこだわった。
過去に固執していたわけではなく、むしろその逆だ。長野県南部の飯田市で開店5年目を迎えた日本料理 柚木元では、伝統的な美と、モダンな作りが互いに引き立て合うことで生まれる新しい美を至る所に見ることができる。そこには、萩原氏が作る懐石料理のスタイルが見事に反映されている。
萩原氏は父親に師事したほかに、数々の名料理人を生んだ「招福楼」の滋賀の本店と東京店で修業を積んだ。その3年間は、料理はもちろんのこと、大都会では欠けていると感じた、食材の生産者と連絡を密にすることの大切さを学んだという。
美味しいものが食べられると分かっていれば、滋賀県でも飯田市でも、どんなに遠くても客は足を運んでくれることも分かって、自信がついた。「柚木元」で萩原氏が腕をふるう料理は素晴らしく、手が込んでいて外れがない。
その料理の特徴の1つは、地元の山で採取したキノコや山菜、狩猟肉の利用がうまいこと。熊の肉と山菜を使った鍋料理が看板メニューだが、飯田市を流れる天竜川で釣る鮎と岩魚など魚料理もおすすめだ。
柚木元の個室はすべて畳敷きだが、快適さや便利さを考えてテーブルと椅子が用意されている。