June 20, 2022
北じま
ライター:寺尾妙子
撮影:鷲崎浩太郎
「鎌倉 北じま」は歴史ある寺院が点在する一画にある。古民家を再利用した店内は数寄屋の仕事がなされ、カウンターの土壁には店主、北嶋靖憲が自ら前庭で育て、生けた花が飾られる。
北嶋は日本料理の名門「和久傳」グループで腕を磨いた16年間、京都でさまざまなことを学んだ。料理やもてなしについてはもちろん、伝統的な節句、うつわなどを含む、日本の美意識について。
「ただ、鎌倉で独立するにあたって、京料理を作るつもりはありませんでした。鎌倉でしか作れないものじゃないと意味がないので」
とはいえ、修業先を辞めた直後、具体的な方向性は決まっていなかった。だが、よりよい素材を探し求めた。地元に限らず、他県でも評判の生産者や仕入れ先があれば、積極的にコンタクトをとった。そんななか、全国でもその名を知られる神奈川・横須賀の魚仲買人、長谷川大樹と出会った。
「長谷川さんが選ぶ魚は市場の箱物とは別次元。地元でもあり、この魚を主役にしようと決めました」
長谷川のベースは、まだ生きている魚を売買する活魚市場。相模湾に面した長井漁港だ。そこで魚にストレスを与えないよう、神経〆で処理をする。すると雑味がなく、魚本来のクリアな味わいになる。力強い味方を得て、2021年5月「鎌倉 北じま」を開いた。
地元の魚は同じ魚種でも、京都で使われるものとは別物だった。
「たとえば、鱧。関西で好まれる淡路産と違って、こちらで獲れるものはイカを餌にしているので、風味が異なるんです」
そんな鱧を北嶋はすり身にし、三浦半島産の玉ねぎと合わせて煮物椀に仕上げる。ムダをできる限り省き、素材の持ち味を全面に引き出す、北嶋の味だ。
料理は魚の仕入れ値によって価格が変動するというおまかせコース(22,000円〜)のみ。突き出し代わりのひと口寿司、造り、煮物椀、焼き物、揚げ物と相模湾の海の幸があの手、この手と華々しく登場する。
造りで供される赤ハタは“突きもの”。
「生存競争を勝ち抜く魚は、いいエサを求めて上に行きます。ハタは水深20mくらいの浅いところにいるものがいいのですが、それを獲るための漁法、頭をひと突きする“ヘッドショット”で仕留めたものが一番おいしいんです」
長谷川からは魚とともに、その魚がなぜおいしいのか、という知識も仕入れる。
コースに華を添える炭火焼きのクエもまた、突き物だ。時代物の鎌倉彫の火鉢がカウンターに置かれ、その日の湿度や気温によって、炭を加減しつつ焼かれたクエは、口に運べば意外なほどフワッとして、噛むほどに濃く深く、旨味の濃度を増していく。
日を追うごとに地魚愛が強まる北嶋は、鎌倉名物のしらすは使わない。
「年々、魚が獲れなくなっている現状で、小魚のエサ、つまり海の魚の素となる、しらすを使いたくないんです。僕にできることは限られています。でも、日本料理の要である魚を未来の料理人にも使ってもらうために、何かできることがあれば。また、鎌倉は歴史ある街ですが、京都と比べるとまだまだ発信力が足りません。食を通して街の魅力を発信し、さらに新しい文化を作っていけたらいいですね」