June 20, 2022
ラトリエ・ドゥ・ノト
ライター:寺尾妙子
撮影:鷲崎浩太郎
日本海に面した石川県北部、能登半島にある輪島は、輪島塗りと呼ばれる漆器や朝一で知られる港町だ。同じ石川県とはいえ、雅な雰囲気が漂う金沢とは文化や風土が異なる。海と山がより近く素朴な街なのだ。そんな場所に〈L’Atelier de Noto〉は店を構える。建物は質実剛健な趣で知られる輪島塗を手掛ける塗師屋の工房を再利用。中庭や土蔵があり、往時の隆盛が偲ばれる古民家には、歩いて数分の港から海風が届く。
オーナーシェフ、池端隼也は大阪やフランスの名店で腕を磨いたフレンチの料理人だ。フランスから帰国した当初は、大阪で店を出すつもりだった。
「たまたま自分が育った輪島に帰省して、知人からケータリングを頼まれた際に地元の素晴らしい食材と向き合って考えが変わったんです。学生だった頃は故郷が田舎で恥ずかしいという感覚でした。でもフランスで修行し、地方こそ食材が豊富で、そこにある店に世界中からお客さんが来ていることを知りました。それで、大阪に比べ輪島の方がポテンシャルが高いと感じました」
銀行、知人、すべての人から輪島での出店を反対されるも、2014年に店をオープン。当初は、フランス料理に馴染みの薄い地元客の期待に沿うよう、フォアグラなどの素材も使っていた。だが、地元の生産者との交流を深めるうち、現在ではレストランで用いる食材の99%が輪島を中心とする能登産となった。
「能登半島に限定して、食材や風土を深堀した方が絶対に面白いですから」
そのために池端は自ら動く。「Destination Restaurants 2021」に選ばれた石川〈Sushidokoro Mekumi〉店主、山口尚亨と勉強会を開き、漁師に魚の処理を学んでもらう。また、近隣で草が育つ土からこだわる牧場に育ててもらうジャージー牛を買い取り、その生肉と牛乳を使ってもいる。
「生産者に“調理に合わせた食材が欲しい”と伝えることで、理想の食材を手に入れられるようになってきました。その分、魚はもちろん、農園の野菜も相場より高い値段で買い取っています。これまでは買い手が強いのが当たり前でしたが、買い手であるレストランと第一次産業に携わる人が同等であることが本来の姿。同じ目線でみんなで頑張りたい。そうじゃないと次世代に仕事を手渡していけませんから」
見事な食材を使ううちに塩も油脂も控えめになったというコースは、丸ごと能登の味。牡蠣と春菊のフラン、甘エビやバイ貝を合わせた坊ちゃんかぼちゃの冷製スープ。そして、加賀蓮根のガレットには秋なら池端自ら朝、山で採ってきたキノコと七面鳥を、冬ならズワイガニを添えて。香箱ガニの内子、外子、身を使ったリゾットと、「この時期、能登で食べたいもの」のオンパレードだ。クライマックスは魚のメイン「のどぐろ いしる」。脂がたっぷり乗ったノドグロのポワレに、ノドグロでつくった自家製の魚醤、いしるで風味づけしたソースを添えたひと皿である。現在、加賀蓮根並みのクオリティの蓮根を能登で作る計画も進んでいる〈L’Atelier de NOTO〉の料理が能登食材100%になる日は近いのだ。