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June 20, 2022

The Destination Restaurant of the year 2022

Villa Aida

イタリア料理の範疇に収まらない、その土地に根差した料理。

ライター:寺尾妙子
撮影:鷲崎浩太郎

  • Destination Restaurants 2022
  • 和歌山県
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「Destination Restaurants 2022」ベストオブザイヤーに輝いた『ヴィラ アイーダ』は、関西空港から車で30分、大阪からは電車を何本か乗り継いだ和歌山県内にある。そこは風光明媚な大自然の中ということでもなく、特別な名所が近くにあるというわけでもない。日本の都市によくある、幹線道路沿いに紳士服や飲食のチェーン店が並ぶ住宅地に店はあり、まさにこのレストランを目的としなければ、遠方からわざわざ足を運ぶ理由がないというような地域にあるのだ。周りにはラグジュアリーなホテルもない。そのため、ほとんどのゲストは食事を済ませると、すぐに空港や駅へ向かい、帰途につく。だが、予約の1時間ほど前に店に到着すれば、オーナーシェフ、小林寛司が自ら天塩にかけて育てている畑を見学できることもある。ズッキーニやコーンが実をつける場所。タイムやローズマリーといったハーブや色とりどりのエディブルフラワーなどが肩を寄せ合う温室。小林シェフはハサミを片手に収穫している。ここで摘まれたものが、どんな一品に仕上がるのか。そう、調理はすでに始まっているのだ。

期待に胸を膨らませ、一軒家のレストラン店内に入れば、まるでイタリアのヴィラのような空間が広がる。木の床に白い漆喰の壁。窓の外には木漏れ日が揺れる。山でも都会でもない場所にあって、そこだけが別世界。食通の聖域なのである。テーブルは6名がけの1卓のみ。都会からの1組、近隣からの1組、生産者でもある人たちの1組の計3組で食卓を囲み、いろいろな話をして、それぞれ刺激を持ち帰ってもらえたら、というのが小林シェフの思いだだ。

料理はランチ、ディナーともに19,800円のおまかせコースのみ。題して「和歌山風味」のコースである。店のオープン以来、イタリアン・レストランを標榜していたが、年々、そのような枠組み や“イノベーティブ”というジャンル分けがしっくりこない。あえていうなら“和歌山風味”。もっと言えば“僕の料理”だと小林シェフは語る。

おまかせコースは、8〜9品の料理にデザート2品、茶菓子がつく。サブテーマは5月なら「初芽豆々」。シェフの父が育てた米、キヌヒカリをチップスに仕立て、先ほど摘んだばかりのお茶の新芽を合わせたアミューズからスタート。冬につくっておいた自家製の柚子ポン酢で味付けしたお茶の新芽はほろ苦さ、青っぽい風味はあるものの、エグみは一切なし。噛むほどに、口の中が爽やかになっていく。続く、「フキ キャラメル ナスタチウム」は、山菜であるフキに甘いキャラメルソースをかけたひと皿。主役は日本らしい、和歌山らしい食材でありながら、その組み合わせや味わいは、これまでのどこにもない、ここでしか味わえないものばかりだ。

今、最高にみずみずしい新玉ねぎをピクルスにして、咲いたばかりのレモンの花のコンポートと合わせるのだが、この一品のもうひとつの主素材、さや大根はアイーダ以外ではなかなかお目にかかれないだろう。

大根をわざと収穫せずに残しておくと、春先に花が咲いて、その後、小さな“さや”が出る。それが、さや大根。だ。

シャキッとした食感と、色味通り、青く清々しい風味が加わることで、全体が引き締まる。さらに大きい粒をピュレにして添え、小さい粒をそのまま生でこんもり盛った「涙豆 サリエット」は、こんなにも小さな豆が、なぜこれほど甘く、ほとばしるほど水分多いのかと感動せずにはいられない。薄皮の繊細さ、風味の鮮烈さは採れたてだからこそ。産地から離れた都市部のレストランでは決してつくることができない料理である。

メインは近隣の周参見町で飼育している猪豚。肩に近いロースを真空調理を用いつつ、表面を香ばしく焼き、畑で採れた花ズッキーニのフムスを添える。デザートは和歌山名産の柑橘類を使って。最後の小菓子まで、一見、意表を突くような取り合わせであっても、それはすべてその日その瞬間、この土地にあったもの。必然性をもって出会ったもの。そんなフルコースを体験すれば、おいしさとは何か、あらためて感じるものがあるはずだ。

マダム、有巳氏のさりげない接客、そして、できる限りナチュラルなものを揃えたワインのラインナップも相まって、土地の魅力に現代的なセンスが加わる。土くささ、自然の恵みは洗練されて、はじめて世界を振り向かせることができる。小林シェフはそのことをもっともよく知る料理人のひとりなのだ。

小林シェフの料理観が、日本のレストランを変える。

「Destination Restaurants 2022」のベストオブイヤーには『ヴィラ アイーダ』が全会一致で選ばれた。その料理観は今後、日本の料理人や生産者の価値観を変えるパワーを秘めている。

その『ヴィラ アイーダ』のオーナーシェフ、小林寛司が扱う食材の8割は野菜だ。そのほとんどをレストランの1歩外から広がる露地畑と徒歩数分圏内にある3棟のハウス畑、計0.7ヘクタールで小林シェフと妻の有巳で育てている。

「オープンから3年ほどはイタリアの輸入食材を使って、修業先であるイタリアの星つきレストランのコピー料理を出していました。当時は地元の方に来ていただきたくて、肩肘張った料理をつくっていたのですが、次第に客足が遠のき、このままではいけないと、考え方を変えました。思い返せば、イタリアでの修業先はナポリ郊外の『ドン アルフォンソ』をはじめ、どこも都市部から車や電車で1〜2時間かかるところでしたが、世界中からお客さんが来ていました。そこで僕も和歌山という地元の食材を使って、都会の人をターゲットにしようと決心したんです。そこで地元食材に目を向け、また、仕入代を浮かせるためにも自分で畑仕事をするようになったことから、ハーブを含め、野菜を多く使うようになりました」

それらは世界でも類を見ないほど、糖度が高く、姿形が整った日本で一般的に流通している野菜とは様相を異にする。

「都市部のレストランでは野菜の大きさ、ときには糖度なども指定して、生産者から購入している店も多いと思います。それは生産者にとっても商売になりますし、そういう考え方もあるので否定はしません。でも、20年ほど野菜作りに取り組んでみると、完全に育ちきってない未熟なもの、逆にトウが立ったもの、ときには芽や花の状態など、さまざまな段階での風味、おいしさがあることに気づいたのです。それを使わない手はありませんよね。現在、品種としてはハーブも含めて150種ほど育てていますが、それぞれの成長段階ごとに使うことを考えれば、その種類は何百にもなります」

工程はシンプルながらも、彼がつくる料理の芳醇な味わいは、いわば自然の賜物というわけだ。だが、いいことばかりではない。台風が来れば作物が全滅するなど、畑作業は困難も多い。

「得られるものが大きいので続けていけるとも言えますね。今、畑にあるものをどう組み合わせて、どう調理するか。すべて畑が教えてくれますから。それがオリジナルになるだけ。僕が頑張って考える必要がないんです。和歌山という土地があって、食材や文化があって、そこにテクニックというより、イタリアを含めた自分の経験を合わせています」

一時は100%の自給自足を目指して鴨やミツバチを飼った時期もあったというが、自分たちだけで世界が完結すると、周りとの関わりがなくなることに気付いたという。以降、地元との共生を目指す。

「私もブルーベリーやイチジクは育てていますが、柑橘類や桃などの果物、また、私たちが栽培を不得意とする根菜などもほかの農家さんのものを使っています。あとは魚、鹿や猪などのジビエ、飼育の猪豚、熊野牛なども地元の生産者にお願いしています」

最近では自らのレストランが注目されるにつれ、都会のシェフたちとの交流も増えてきた。

「東京や関西のシェフたちをこの地域の生産者に紹介する際、地元の若いシェフも呼んで交流を図っています。地方で頑張りたいけれど“どうしたらいいか、わからない”という彼らが、自ら“こうしたい”と思えるきっかけをつくれたらいいですね。また、今後は海外も含め、各地を回って、その土地のレストランとコラボレーションをして料理をつくりたいと思っています」

土地と共に生きる小林シェフの料理観は今後、海を超えて広がっていくに違いない。

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和歌山県岩出市川尻71−5

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