June 20, 2023
The Destination Restaurant of the year 2023
HAGI
By TAEKO TERAO
PHOTO:KOUTROU WASHIZAKI
「Destination Restaurants 2023」に選出された10店から、特にその名にふさわしい1店を選ぶ「The Destination Restaurant of the year 2023」には、審査員3名の満場一致でイノベーティブ・レストラン『ハギ』が選ばれた。同店が店を構えるのは福島県のいわき市である。東京からは特急電車で2時間半。人口32万人超と、東北地方では宮城県仙台市に次いで2番目に人口が多い街だ。明治期より炭鉱と鉱山で、1960年代~1970年代の高度経済成長期には工業都市として栄え、漁港を併設する小名浜港は東北一の工業製品出荷額を誇る。また、いわき市といえば、フラガールショーで人気の〈スパリゾートハワイアンズ〉が有名だ。ここは50年代から斜陽となった炭鉱で働く労働者とその家族の雇用創出のためにつくられた観光施設で、その成功物語は映画『フラガール』となり、日本人の多くが知るところとなっている。
しかし何よりこの地域は、2011年3月11日に起きた東日本大震災で国から「激甚災害」指定を受けた場所だと言うことに触れないわけにはいかないだろう。市内の死亡者数は468名、建物は一部損壊から全壊まで含め91,180棟の被害があった(2023年3月22日/いわき市対策本部発表)。また、原発事故を起こした福島第一原子力発電所から南へ25〜60km圏内にあることから、3月14日の事故直後は一時的に放射線量が高まるということもあった。幸いにも、2日後の16日に海側へと抜ける風が吹いた結果、大規模汚染は避けられ水道水や農作物に対する放射線の影響は軽減された。
とはいえ、原発事故直後は一部の食材に対して出荷制限がかかった。『ハギ』から車で15分の距離にある小名浜港を含む福島県の沿岸及び、底引網漁業は長らく操業停止を余儀なくされた。現在では安全性が確認された農作物が多く市場に出回るようになっている(山で自生する山菜やきのこ類は出荷制限されたままの地区も今だある)。また水産物も、試験操業を行い放射線量の継続検査をしながら徐々に魚種や漁獲海域を拡大、2020年2月には全ての魚介類の出荷が可能となった。
そんな過酷な12年の月日を、生産者と手を取り合って料理をつくり、福島県産食材の素晴らしさを世界に対してアピールする役目を先頭きって果たしてきたのが、『ハギ』のオーナーシェフ、萩春朋だ。震災前は5,000円でディナーコースを出す、40席強のフランス料理店を営んでいた。しかし、震災後に料理観や仕事に対する姿勢が大きく変わった結果、質の高い食材を値切らず、正当な価格で生産者から購入、生産者の生活の発展を促すために値上げを断行した。店名も変え、ディナーのみとし、19,360円(税・サ込み)のおまかせコース1本に。また、つい最近までは1日1組限定で営業をせざるを得なかった。
「原発事故の影響による出荷制限のほか、食材を作っていた人が避難していなくなったりもしました。昨日まであったものを“失う”という経験をしました。それでも近くにあるもので料理をつくろうとすると、1日1組分の食材を集めるのがやっとだったのです」
現在は通常の体制に戻したが、それでも8名で満席。以前の1/5の客数でも経営が成り立つのは、地元だけでなく他府県から、フーディーをはじめ、多くの人がやってくるようになったからだ。
アミューズからデザートまで15品前後。食材は主に店から車で1時間以内の範囲で産するものが9割を超える。例を挙げてみよう。畑で掘って30分も経たないうちに、薪で1時間焼きトロトロになった新玉ネギと、地元で売れなくて困っていたという岩魚の卵を合わせたアミューズ。福島市の魚に指定されるメヒカリを薪でサッと炙ったものと、酒蔵からもらった白糀やコシアブラなどの山菜を添えた一品。産地ならでは、どの料理も食材それぞれが鮮烈な風味を放っている。
これらを味わうことができるのは、災害で打ちのめされても土地を捨てず、希望を持って歩んできたシェフや生産者を含む、福島の人々の頑張りがあったからこそだろう。
2011年8月、以前のフランス料理店をイノベーティブ・レストラン『ハギ』に変更し、ディナーコース5千円から2万円弱と大幅値上げに踏み切った。当時、オーナーシェフ、萩春朋は周囲から「何を考えているんだ?」と言われたという。それはそうだろう。わずかその5か月前に起きた東日本大震災と原発事故の影響で、福島県いわき市にあるレストランには客が来ないどころか、地元の食材すら流通ない有様だった。そんな状況で思い切った決断ができたのは、同市内で自然農法で野菜を栽培する〈ファーム白石〉代表・白石長利をはじめとした地域の生産者と、交流会で出会ったからだった。
「夏前に白石さんにもらったトマトを食べたら、すごくおいしかった。どうやってつくるのか尋ねたら『雑草と一緒。自然なままだよ』と答えが返ってきてハッとしました。同時に、自分が素材について何も知らなかったことを思い知りました」
それから毎日、白石の畑で作業を手伝い、発芽して朽ちるまでの野菜の味を学んだ。調理はキッチンではなく、土づくりから始まっていて、畑ですでに味つけされていることに気づいた。
「農家さんは何百年にもわたって土をつくり、いい種を選別する。料理と同じことをしている。また、毎日畑で野菜を食べていると、すごくおいしい瞬間があるんです。でも、次の日にもう、おいしくない。それを農家の人は知っています。そのおいしい瞬間を食べてもらいたい。素材が最大限にエネルギーを発揮する瞬間をどうコントロールするか。それを考えると、料理をシンプルにするしかない。シンプルさこそパワーです。あるとき聞いた、白石さんの『肥料は土にとって調味料と一緒。調味料はあってもなくても食べられる』という言葉から、いい素材であれば、そのまま食べてもおいしい。だったら、そんなに手をかけなくてもいいんだと思うようになりました。以前から、素材だけを組み合わせた季節の料理を創作していましたが、さらにフレンチというジャンルにとらわれず、より真剣に素材と向き合おうと思ったのです」
また、丹精込めて野菜を作っているのに、料理人から、捨てるような野菜をくれと言われるのがイヤだという生産者の声も聞いた。白石を通じて、多くの生産者と知り合った。
「原発事故の風評被害もあり、ここで野菜をつくったところで誰が喜んでくれるのか、そもそも、ここで野菜をつくり続けられるのか、という思いを生産者みんなが抱えていました。でも、だからこそ、値切ったりせず、正当な価格で食材を仕入れて生産者に利益を還元し、フランス料理にとらわれることなく、素材をシンプルに活かす料理をつくろうと決めたのです」
以降、白石をはじめとする生産者との二人三脚で地元食材を喧伝する姿がメディアでも取り上げられるようになり、2013年には日本人シェフとして初めて、仏大統領官邸エリゼ宮の厨房に入り、腕を振るうことになった。その味はオランド大統領からも絶賛された。地元の食材はパリで扱った豪華食材にも負けない。コース15品すべての素材が主役だ。
「おいしかったというお客様の声を生産者にも伝えています。それが彼らにとって励みにもなりますし、実際にどういうものが喜ばれるかがわかって、作物づくりの指標にもなる」
それによって、さらに食材の質が向上し、料理のクオリティも上がる。レストランの評判が高まるにつれて、他府県や海外からも人が来るようになり、福島食材の魅力が拡散されていく。福島でとれる野菜や肉、魚が、一時の「食べて応援」ではなく、「いいものだから」という理由で売れる。あの大災害の直後にこのような未来を、いったい誰が想像できただろう。おかげで、地元では野菜や食肉、乳牛を育てるカリスマ農家も増えてもいる。『ハギ』のコースは、そんな復興へのポジティブなパワーがみなぎっている。