日本料理といえば、京都府や大阪府を中心とする関西に名店が多い。だが、残念ながら隣接する奈良県は長きにわたって「おいしいレストランがある」イメージがない地域だった。それが20年ほど前から変化し始め、ここ10年で世界レベルで「おいしい」と胸を張れるガストロノミーな店が増えた。そのおかげで、かつて昼間は奈良県で見物をしても、夕食や宿泊は京都でというフーディーも多かったのが少しずつ減り、奈良県でお金を落とす観光客が増えてきた。
その立役者の一軒が2015年、奈良駅近くにオープンし、2021年に移転した日本料理店『白』である。現在の場所はJR奈良駅から徒歩30分、近鉄奈良駅からは徒歩25分のところ。タクシーを使えば約10分で到着するが、食事の前後に駅からゆっくり散策するのがおすすめだ。なぜなら、近隣には世界遺産の元興寺や春日大社、東大寺、奈良国立博物館など、奈良県、いや日本屈指の観光スポットが密集しているからだ。京都よりも古い7世紀には都があった古都は緑も多く、歩くだけでも気持ちがいい。
古いものでは江戸時代から残る古民家が連なる、奈良町通りの一角にある『白』は日本の伝統文化をこよなく愛する店主、西原理人の美意識が凝縮された一軒家だ。移転リニューアルにあたって、古い寺の瓦を再利用した屋根、大きな石臼などを敷き詰めた路地など、こだわりの素材をふんだんに使って一から建てたという。カウンター7席、テーブル4席、個室1室の店を女将、知子や厨房スタッフ数名と切り盛りする。その日の仕入れによって価格が変動する(昼夜ともに¥25,000〜¥35,000)おまかせコースは、月ごとにテーマが定められている。2023年11月取材時のテーマは奈良国立博物館での展覧会にちなんだ「第75回正倉院展」と「太安万侶1300年忌」(注:太安万侶は現存する日本最古の歴史書『古事記』を編纂した人物)。展示の目玉である「平螺鈿背円鏡」に見た目を似せたちらし寿司なども登場し、目に美しく食べておいしいだけでなく、奈良県の歴史を濃厚に感じさせる品々が続く。野菜は伝統野菜も含め、地元産が8割を占めるが、海のない県であるため、魚は全国から取り寄せる。また、トリュフなど外国産の食材も効果的に使う。
NYやロンドンの日本料理店でも腕を振るい、国際的な感覚を身につけた西原はこう語る。
「正倉院に納められた宝物を見ればわかるように、奈良県は古くからシルクロードを通って海外のものが集まっていた国際都市。その要素に古代と現代の出会いのロマンを組み合わせて、料理を考えるのが楽しい。次世代に向けて料理を通じて、奈良県の、そして日本文化そのものを伝えたい」
西原が高校を卒業した翌日から10年間、勤め上げた日本料理店『京都嵐山吉兆本店』をはじめとする多くの料亭では、弟子に料理や器だけでなく、茶の湯や書、花など、日本の伝統文化について総合的に学ばせてきた。料亭が減少の一途を辿る今、西原のような料理人が果たす意義は大きい。
■Sustainable Japan Magazine (Sustainable Japan by The Japan Times)
https://sustainable.japantimes.com/jp/magazine/368