『海老亭別館』がある富山市は富山県の県庁所在地で人口は40万人超。北アルプス立山連峰を擁し、北側には富山湾が広がる。全国の都道府県庁所在地の中では2番目に広いが、可住地面積が4割弱ということもあり、政府により選定された環境モデル都市としてコンパクトシティを目指している。歴史的には富山城の城下町として栄えた地域であり、浄土真宗への信仰が厚く、八尾地域では踊り手が明け方まで街を練り歩く「越中おわら風の盆」が9月に行われ、たくさんの観光客が訪れる。
『海老亭別館』が店を構えるのは「日本さくら名所100選」にも選ばれた松川の川縁。明治44年(1911年)に『海老亭』の名で創業した料亭をルーツに持つ。店主、村健太郎はその4代目。『青柳』で修業後、2004年に3代目であった父の他界により、家業を継いだ。『海老亭別館』はもともと、旅館業から料亭に業態を変えて結婚式や宴会などを行なっていたが、2009年にリニューアルし、献立も変更した。だが、日本料理のメインである煮物椀や抹茶を出すスタイルは従来の客層にはなかなか受け入れられず、閑古鳥が鳴いていた。だが、村が作る料理は次第に評判を呼び、有名ガイドに評価されたことと北陸新幹線の開通により、繁盛店となった。ところが2018年、これからさらに発展を、というタイミングで村は店を閉める。
「建物の老朽化による建て替え時期に来ていたことと、経済的な目処がついたこともあって、もう一度、料理を勉強したいと一念発起しました」と村は語る。40歳での再スタートに周囲は驚いたが、村は単身、上京し、評判の高い日本料理店に身を置いた。そして2022年のリニューアルにより、内容をさらに一新。モダンな雰囲気が漂うカウンターと個室で¥27,500〜(税込)のコースを提供する。扱うのは富山県を中心とした北陸の食材だ。春は白海老やサクラマス、ホタルイカ。冬は蟹に加え、熊や猪なども顔を見せる。先代から伝わる古く、いい器が惜しげなく使われているのは老舗ならではの余裕。守り、伝えながら新しい風を取り入れる姿勢は富山市の街の姿にそのまま重なる。