DESTINATION RESTAURANTS
May 25, 2026
The Destination Restaurant of the Year 2026
気仙沼 KUROMORI
By TAEKO TERAO

今年「Destination Restaurants」に選出された10店から、2026年を代表する1店「The Destination Restaurant of the Year 2026」に満場一致で選ばれたのは、宮城県気仙沼市にあるフカヒレ料理専門店『気仙沼 KUROMORI』だった。
気仙沼市は2011年3月11日に起きた東日本大震災によって、もっとも甚大な被害を受けた地域のひとつだ。震災前から減少傾向にあった人口は震災後、さらに減り続けて現在は5万4千人強。また、市内で最高22mに達した津波により、市内の飲食店の大半が店舗を失ったとされる。以降、再開または新規オープンする店もあり、街並みも整ってはいるが、人の賑わいを考えると、未だ復興途上である印象が否めない。そのうえ、もともと高級レストランがあまりない地域でもある。そのような場所で3万円以上のコースを提供するというのは、そのこと自体が冒険と言える。
東北新幹線に乗って一ノ関駅で降り、そこから車で約1時間で気仙沼港や市場にほど近い『気仙沼 KUROMORI』が入る『ホテル一景閣』にたどり着く。街のあちこちの建物に津波到達水位の看板があり、このホテルの外壁にも2階上部まで波が来たことを示す赤いラインが引かれている。海は恐ろしい。だが、同時に恵みをもたらす存在でもある。
気仙沼市は太平洋に面し、沖合は「三陸沖」と呼ばれる黒潮と親潮がぶつかる良漁場で、世界三大漁場として知られ、港には遠洋漁業の大型漁船がずらりと並ぶ。また、入り組んだ地形が特徴のリアス海岸であることから、気仙沼湾内は波が穏やかで、プランクトンも豊富であることから魚もよく育ち、遠洋漁業や牡蠣や帆立の養殖も盛んだ。つまり、魚料理を出すにはもってこいの場所なのだ。なかでも、水揚げ日本一を誇るサメのヒレ、フカヒレをメインにするにはここ以上に相応しい場所はないだろう。
『気仙沼 KUROMORI』シェフ、黒森洋司は神奈川県で生まれ、北海道で育ち、21歳からは上京して東京の中国料理店で働いてきた。そんな黒森が宮城県に移住したのは東日本大震災がきっかけだった。
「宮城県に友人がいたのですが、2011年の3月11日から2ヶ月間連絡が取れず、心配していました。すると彼がちょうど当時、僕が東京でやっていた餃子店に姿を現したんです。そこで『こういう、うまいものを宮城県の人にも食べさせてくれないか?』と言われて、何か手伝えることがあるならと軽い気持ちでその年の10月に宮城県仙台市に引っ越しました。もちろん、宮城県が中国料理の高級食材であるフカヒレ、干し鮑、干しなまこの世界的産地であることも頭にありました」と黒森は語る。
その翌月、市内に餃子のほか、フカヒレの煮込みなども出す町中華を出店。するとたちまち、行列店になった。だが、その後、黒森は体を壊し、町中華の店を友人に譲って、1年ほど食材の産地を訪ねながらケータリングの仕事をしていたという。
「そのうちフカヒレや鮑を入れた高級コースを頼まれるようになって、その噂が広まって、『お前の料理を待っている人がいるから』と言ってくれる人が現れて、2014年に仙台市でフカヒレ料理と地産地消がテーマの『KUROMORI』を開くことになりました」と黒森。
当初はランチ¥1,800、ディナー¥3,500だったが「自分を安売りするな」との声を受け、2016年の移転オープン時にはコース¥12,000〜、さらに2019年の再移転時にはコース¥22,000〜と価格を上げるとともに内容も充実させていった。
そして2025年9月に満を持して『気仙沼 KUROMORI』をオープンする。厨房は黒森ひとり。サービスを妻の弥生が担う。
「仙台で成功して、黒森といえばフカヒレというイメージが確立されました。フカヒレの産地である気仙沼にもっと恩返しをしたいという思いが強くなってきた頃、運命的に『ホテル一景閣』の1階で店をやらないかというお話をいただいたんです。実は『Destination Restaurants』受賞シェフの友人が多いのですが、彼らは“その土地で料理をする意味”を持っている人ばかり。自分はどうなんだ? と問いかけたときに気仙沼こそが、自分にとって料理をする意味のある場所だと気づいたんです」と黒森は気仙沼移転の理由を述べる。
黒森が手がける¥33,000のコースには青ザメ、モウカザメ、ヨシキリザメ、シュモクザメといった4種類のサメの尾ビレや胸ビレ、エンガワなど風味も食感も異なるフカヒレが登場する。¥49,500コースには最高級品として知られる吉品鮑の料理も加わる。スープに揚げ物、焼物、煮込みと中国料理の技法をベースに、地元食材を組み合わせた品々は強いインパクトを残しつつ、あくまで繊細な印象が残る。それは高温でコラーゲンが溶けやすいフカヒレを扱うには高火力の熱源は不要との考えから、広東料理ではよく使われる高火力レンジを使わない調理法にもよる。そんな料理には、国内外から人を惹きつけるパワーがある。「気仙沼をスペインのサン・セバスチャンのような美食の街にしたい」と願う黒森の夢は、今、始まったばかりだ。
ジャパンタイムズが主催する「Destination Restaurants」は、その選定基準のひとつとして、食を通じて地方創生に貢献できるかということも見ている。そこには自然を含めた周囲の環境と、よい形で共生できているかという視点も加わる。そのようななか、毎年選ばれる10店の中でその年を代表する1店である「The Destination Restaurant of the Year」に今年、宮城県気仙沼市のフカヒレ料理専門店『気仙沼 KUROMORI』が選ばれたことに違和感を覚える読者も少なくないだろう。なぜなら、近年、海の生態系保護や動物愛護の観点から、フカヒレ、つまりサメのヒレを食べることが倫理的に好ましくないという風潮が世界的に広まっているからだ。
1999年には国連食糧農業機関や2010年の国連のボン条約やワシントン条約など、現在に至るまで、さまざまな国際機関がサメの保全や管理に関わる取り決めを行い、フカヒレ漁を規制している。さらにアメリカでは多くの州でフカヒレの売買や所持が禁じられ、イギリスでは輸入禁止の措置も取られている。欧米から反フカヒレの声が高まった結果、2012年、フカヒレの最大消費国・流通拠点である香港が、続いて2013年中国本土でも、政府が関わる食事会・宴会ではフカヒレを出さないことを宣言。この流れは民間企業にも波及し、高級ホテルや航空会社に始まり、フカヒレの提供や輸入を取りやめるところが激増した。
この流れは今なお続いているが、日本政府はこの流れに対し静観している状況だ。この背景には500種類以上いるサメのうち、100種類以上が絶滅の危機に瀕しているものの、日本一のフカヒレ産地である気仙沼で水揚げされるヨシキリザメやアオザメなどは絶滅リスクが極めて低いことや、日本の漁師はヒレだけをとって身を海に捨てる「フィニング」という残忍な行為を行なっていないという事実がある。そういった視点を踏まえれば、欧米発の反フカヒレ運動は風評被害とも受け取れる。
気仙沼市で半世紀以上、フカヒレの加工販売を手がけ、『気仙沼 KUROMORI』にフカヒレを卸している『石渡商店』3代目で、現在同社代表取締役の石渡久師は、気仙沼ではいかに捕ったサメをあますことなく利用しているか語る。
「気仙沼は昔からマグロ漁が盛んなのですが、延縄漁でマグロを獲るとサメも一緒に網に入ってきます。そのサメを活かすためにここ気仙沼ではサメの加工業も工夫されてきました。尾ビレや背ビレなどのヒレはフカヒレに。2023年に仙台市で開かれたG7科学技術相会合で、当時科学技術担当相だった高市早苗首相が、東日本大震災の復興を目的に作られたサメ革ヒールを履いたことが話題になったように、皮も利用できるほか、肉は練り物やペットフードに、内臓は肝油、骨はサプリメントの原料と余すことなく使用するため、捨てるところがほとんどありません」
『気仙沼 KUROMORI』シェフ、黒森洋司は、フカヒレを使った料理に対する思いを次のように語る。
「気仙沼では江戸時代から『俵物三品』と称して、俵詰にして長崎県から輸出されていた乾燥ナマコやアワビと共にフカヒレが中国に輸出されていたという歴史があるほど、街の重要な産業になっています。そんなフカヒレについて、気仙沼の人たちが創意工夫をして行ってきたことこそがサステナブルだと、この街に店を構えて伝えていくことが僕の使命。乾物であるフカヒレを上手に戻して調理するには知識と経験が必要になり、誰にでもできるわけではありません。僕が東京の高級中国料理店でそれらを扱っていたことが、すごく役に立っています」
10年以上前に料理人の黒森と生産者の石渡が出会って以来、2人で手を取り合って、フカヒレの価値を高める努力をしてきた。
1960~1970年代まで、皮付きで塩漬けにしてから干していたフカヒレを、石渡の祖父が新鮮なうちに皮を剥ぎ、骨を除いてから干す方法を編み出し、今ではそのやり方が世界的なスタンダードになっている。
「徐々にフカヒレの加工技術が上がっていって、今、我々はその次の段階を模索している最中。海にいるサメは世界のどこでも同じですが加工の仕上げにより品質は変わってきます。フカヒレを単なる仕事や投機の対象として扱う国と、きちんと食べ物として尊重して扱う気仙沼とでは仕上がりはまるで違います。実際に私はインドネシアやスペインなど世界中の加工工場を訪ねてみて、鮮度や安全性を含め、気仙沼のフカヒレの品質が世界一だと確信しています。そこに黒森さんのような料理人の手が加われば、さらにその価値を高めることができるはず」と石渡が思いを口にすれば、黒森はこう述べる。
「一般的な中国料理店ではフカヒレが出たとしても尾ビレだけ。ところが、うちのコースでは4種類のサメの胸や背中のヒレ、エンガワなど、9種類のヒレを出します。料理人たちがお客さんとして食べに来ると、フカヒレの新たな魅力に目覚めるわけです。すると彼らから1週間以内に様々なフカヒレの部位の注文が石渡商店に入るんです」
さらに黒森は続ける。「気仙沼ではサンマやカツオも有名ですが、インバウンドを呼び込む切り札としては難しい。一方、贅沢な中華食材であるフカヒレ料理を地産地消で食べられるのは世界でも気仙沼だけ。今、世界的にフカヒレを食べることが制限されているからこそ、逆にセレブリティがここを目掛けて食べに来る可能性があるのではないでしょうか。自分がやるべきことをやれば、どこからでもお客さんは来てくれるはずです」
たとえ人口減少が著しくとも、観光人口が増えれば地元は潤う。街をあげてサステナブルにサメを扱う気仙沼の取り組みが海の向こうにも広まれば、フカヒレを巡る環境も変わるかもしれない。黒森はその最前線にいる。









